

昔から、神々の知り得るもっとも美しい場所といわれた、南フランスのロ−ヌ河とデュランス河の間に広がる地域。
この地域こそ、人々が心を熱くするプロヴァンス地方です。 プロヴァンス地方の中心部、すなわち、アルルからエックス・アン・プロヴァンスを結ぶ線のほば中心にあるのが、サロン・ド・プロヴァンスです。
マルセイユから北45キロに位置するサロン・ド・プロヴァンスは十世紀に建てられたサロン領主のアンペリ城を中心に栄えた町で、十五世紀にオリーブオイル産業が興り、コルベールによって発展した町です。現在人口4万人。
石けんの歴史は古く、紀元前三千年に遡ると言われます。
神への生贄として焼いた羊の脂と木の灰(アルカリ)が混ざりあって原始的な石けんが出来たのが一世紀頃。
やがて、十三世紀から十五世紀になると豊富なオリーブオイルを原料とした石けんがスペイン、イタリア、南フランスで作られるようになりました。
十七世紀になって、石けん作りがプロヴァンス地方に定着しました。




マルセイユ石けんとして一世を風靡することになったのは、フランス国王ルイ十四世のオリーブ石けんに対する強い思い入れがあったからです。
バターも脂肪(動物性脂肪)も含まない、オリーブオイルだけの石けんが欲しい。こんな国王の望みは辣腕といわれた時の大蔵大臣コルベールによって勅令として、発布されることになります。1688年10月5日のことです。
太陽王の勅令は原料、製造方法、製造期間等、項目ごとに厳しく規制し、この規制に合致した石けんにのみマルセイユ石けんの呼称を認めました。
原料には純粋なオリーブオイルを使用し、新しく採取されたオイルはシーズン中に使用すること、製造方法は、いわゆるマルセイユ製法によること、6月、7月、8月は製造を禁止すること等...規制に違反した場合は製品没収、重ねて違反した場合には、追放という厳しい処分で臨みました。
(後のコニャックのように厳しい管理のもとに生産された石けんは「王家の石けん」「マルセイユ石けん」として、もてはやされることになります。いわば当時の超ブランド品でした。)
十七世紀、国王の権威の下に生産を開始したマルセイユ石けんは、その後も国政の移り変わりや、社会の変化を色濃く反映させながら、現代に至る迄、実に300余年の歴史を刻むことになります。

ルイ14世の命令によって出されたマルセイユ石けん勅令の一部
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原料には純粋なオリーブオイルを使用 |
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新しく採取されたオイルはシーズン中に使用すること。 |
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製造方法は、いわゆるマルセイユ製法によること |
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6月、7月、8月は製造を禁止すること等 |
厳しい規制のなかで生産させられていたマルセイユ石けんは「王家の石けん」として、もてはやされることになります。
当時の超ブランド品でした。 |
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ここで忘れることの出来ないのが、現在、唯一最後のメーカーといわれるマリウスファーブル社の存在です。
マリウスファーブル社が創業した1900年は、やがて多勢をしめる大量生産時代を目の当たりにして、伝統約な手工業がその存亡を問われている時でした。
石けん工場が次々閉鎖されていくのを見たマリウスファーブルは私財を投じて、その技術を買い取り、これを集約して、後世に伝えようとしました。
現在のマリウスファーブル社は一般事務及び営業部門15名、製造部門15名からなる家族的な会社です。サロン・ド・プロヴァンスのほぼ中心に位置する事務所兼工場は敷地面積5500平方メートル、100tの原料を貯蔵するストック・ヤードを有します。
ビルの一部は十九世紀のもので、かつてのマルセイユ石けん業者の姿を彷彿とさせるものがあります。
高さ5mの大釜5基を有し、年間総生産量は1,000tです。
そんなマリウスファーブル社が一番大切にしている基本の石けんそれが、2.5kgビッグバーです。



マリウスファーブル社の石けんの原料は、
●石けん用素地(オリーブ油、ココナツ油、パーム核油)
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植物性油脂(植物オイル)72%。 人工着色料・人工香料は一切使用しておりません。 |
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18世紀ごろまではプロヴァンス産のものが使われていましたが、現在ではスペインの良質のオリーブが使われています。 |
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1890年以来アフリカ等から輸入されていたコプラやパームは現在では主としてインドネシアから輸入されています。 |
●水
●塩化Na(食塩)
※ソーダ 1791年ごろまでは海藻や褐藻類がソーダ源として使われていました。
1777年及び1791年にDuhamel du Monceau と Dr.Leblanc がそれぞれ合成のソーダを作ることに成功してから、今日にいたるまで、石けん業者は全てこの合成ソーダを使用しています。 マリウスファーブル社もソーダを使用します。しかし、後述する製造方法からもお分かりいただけるように原料を10日間煮詰めては洗い、その上澄みから作るマルセイユ石けんビッグバーには、ソーダ分の痕跡をほとんどとどめません。




よくわからないけどビッグバーは確かに違うとおっしゃる方が多いのです。
ビッグバーをぬるま湯で泡立てて見ると先ず感じられるのがシッカリした質感です。
密度の濃さとでも言うのでしょうか。 滑らかでいて、そのくせ全く重さを感じさせない透明感のようなもの。この軽さがスープの上澄みです。
勿論洗浄力に優れ、キレもよく、洗顔後のツッパリ感もありません。
ビッグバーは化粧石けんですが、浴用石けんとしても、洗髪にも、絹や木綿の手洗いにも、食器洗いにもお使いいただけます。
面白い使い方としてはブランド物の皮革製ハンドバッグの汚れ落とし(有名タレントがテレビで披露)や、天然木の家具のツヤだしやメンテナンス(家具メーカーのアドバイス)など。とにかく万能。
ご家庭に一本あると本当に便利です。




石けん地図をブーシュ・ド・ローヌ県(県庁所在地はマルセイユ)全体に広げてみても、伝統的なマルセイユ石けんを作ることの出来るメーカーは現在たった4軒しかありません。
その中の最大手(といっても決して大きな企業ではありませんが)と呼ばれるマリウスファーブル社の年間生産量は1000トンです。
それなのにどうして今たくさんのマルセイユ石けんがあるのでしょう。
疑問に思われる方があったら正解です。
実は自然の素材と伝統が再評価されてマルセイユ石けんに人気が集まるとたくさんのマルセイユ石けんメーカーが誕生したのです。
実は、信じられないような話ですがマルセイユ石けんがまだ光り輝いていた時代に、商標登録をし忘れたようです。
そのため、マルセイユ石けんの呼称と製造方法をめぐって問題が起きました。
ところが司法上の解釈は<マルセイユ石けんの名称を使うためにはマルセイユ製造法に従うべし>ということだけだったのです。
ですから、今ではあのオー・デ・コロン(ケルンの水)と同じように誰でもマルセイユ石けんが作れるようになってしまったのです。少なくとも理論上は。




これがやたらとマルセイユ石けんと呼ばれる石けんの多い理由です。
それでも伝統的なマルセイユ石けんメーカーはそれほど腹をたてている様子もありません。ロベール・ブスケが言うように<成功の犠牲>と達観しているのか、<広告効果あり>と踏んでいるのか?
伝統的なマルセイユ石けん作りは経験とカンに頼る職人の技。世代を重ねて親から子へ、その家々に伝えられた独特の石けん作りに頑固なほどの自信を持っているといったほうが正しいのかも知れません。
僅かに残る伝統的なマルセイユ石けん屋さん。その中で<唯一最後のマルセイユ石けん作り>と呼ばれるマリウスファーブル社はその伝統を守るための大きな責任を負っています。
2.5kg ビッグバーはマリウスファーブル社が最も大切にする製品です。

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